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リーダーシップの旅に出ている彼。 『社会の役に立ちたい』 もがく、とある日本の若者。不定期に書評とか戯言とか。

【書評】小倉昌男 経営学

 

小倉昌男 経営学

小倉昌男 経営学

 

 

 本書は、宅配便という分野を創始したヤマト運輸の元社長小倉昌男氏が初めて書いたいわば自伝で、手元の初版を見ると1999年とある。発行からすでに10年も経っている著書ではあるが、全く古びていない、現代にも通ずる内容が描かれている。小倉氏の人となり、宅急便事業の誕生ストーリーを読みながら、彼から学ぶことを考えてみた。

 

 世間や権力に戦うという気負いはそれほどなく、世の中をきちんと見つめつつ、世の中の力に飲み込まれない。誰もが宅配ビジネスなんかダメだと言っても、いやこれは理詰めに考えればできるはずだと計算して考え続ける。政府と官僚がいじめに入ると腹は立てても、それで負ける気は平然とない。小倉氏の経営者としての努力、物事の常識を疑うことができる広い視野を持っていることなど見習うべき所が沢山ある。  

 小倉氏から学ぶことは、以下の点だと考えている。

 A)サービスが先、利益は後

 B)全員経営の大切さ

 C)常識にとらわれず斬新な発想のもつこと

 

  • 小倉氏の功績

 小倉氏からの学びをまとめる上で、彼の功績を見返しておきたい。本書で述べられている、彼の功績を大きく2つにまとめた。

(1)個人向けの宅配事業「宅急便」の成功

(2)徹底した全員経営の実践

 

(1)について、今は当たり前になっている宅急便。その始まりは、ヤマト運輸である。ヤマト運輸成功の影には、経営者・小倉氏の逆転の発想や同業他社との差別化、立場を変えて考えてみたりと、様々な要因がからんでいる。それには時代の流れをつかみ、どうすればよいかを“考える”ことが重要になる。常識にとらわれないで、その常識は本当にそうであるのか考える。同業他社との差別化を計るにはどうすればよいか考える。立場を変えて考えてみると、口で言うのは簡単だが、実行するとなると話は別。それこそ必死になって頭を働かせなければ実現は難しいのではない。小倉氏はそれができた。

 元々ヤマト運輸は、三越と提携し、配送業務を独占する形で運営を行っていた。ところが三越との関係のこじれから、決別。さらに時代の流れに乗り遅れてしまい、本業の大口荷物を扱うトラック輸送までが危機にさらされてしまった。既に商業貨物の輸送市場に入り込める余地はなくなっている。そこで背水の陣としてとった策が、「個人向けの宅配事業参入」だった。それまで宅配事業というのは、商業貨物の輸送市場と違い、届け先がばらばらなので効率も悪く採算は取れないというのが当時の常識。一方、小倉氏は「はたして本当に採算がとれないのだろうか」と疑問を抱く。この常識にとらわれない考え方がいかに大切か、ここにヤマト運輸成功の秘密が隠されている。

 常識的に「こういった理由で儲からない」とされている物事は、逆に言えば「こうすれば儲かる」といった方法がある場合があるが、小倉氏が目をつけた宅配事業がまさにそれで、小口の荷物は集積に手間がかかり、採算性が低いとされてき他事業だった。であるならば、集配ネットワークを完備し、徹底的な合理化を進め、採算性の低さは集める荷物の量でカバーしようと小倉氏は考えた。常識的に儲からないとされ、参入業者といえば郵政しかなかった市場で、ヤマト運輸は生まれ変わった。 

 (2)については、まさに経営を進めていく上で小倉氏の経営哲学であろう。全員経営、これは従業員を信頼することから始まる。宅急便の配達の仕事は外に出ていることが多く、しかも個人作業であるため信頼の元で成り立つ仕事である。全員経営で重要なのは、社長を含め社員全員が自分の行動に責任を持ち、考え、実践することである。そうすることで企業全体の質を高めることができる。

 こういった姿勢自体は当たり前の企業の形であるようであるが、実際実践している企業は少ない。社長や幹部は偉い地位にあり、社員はその元で指示にしたがって指示通りに動くという形態になってしまっている企業が多いのではないだろうか。ピラミッド型の組織、トップダウンでないと意思決定ができない企業は多いはずだ。「社員をリストラしない」「部下の目で見た『下からの評価』と同僚による『横からの評価』を取り入れ、社員の人柄を評価することにした」「ピラミッド組織からフラットな関係へ」といった経営手法からも社員は「モノではない」という小倉氏の経営哲学が、「全員経営」につながるのであろう。

 宅急便を始めるにあたって、宅急便を担う中心的存在は、現場で顧客に接するドライバーになる。そこでヤマト運輸では、第1戦のドライバーを中心とする営業及び作業体制を作ることとし、ドライバーの名称を、それまでの運転手からセールスドライバーに変更した。そして、この全員経営の下で、各人の自主性を重んじ、かつ責任を持つ仕事の仕方が実践された。これにより、セールスドライバーの会社への帰属意識の高揚、彼ら自身による取次店の開拓、新規荷主の開拓などの効果が得られた。

 荷物を運んで荷主に直接届けるセールスドライバーが、サッカーのフォワードのように現場の中心選手として働けるかどうかが肝であった。旧来のピラミッド型組織を崩し、社員全員で情報を共有してやる気を引き出す「全員経営」が着実に形になっていった。当時、アメリカ的企業経営も輸入されていた時期である。ヒエラルキーがあり、徹底したトップダウンを志向する企業も多い中、ヤマト運輸は徹底した全員経営で、全員で問題解決に取り組んでいたのだろう。その形が成功したのも、小倉氏のもつ経営観、消費者の暮らしを便利にしたい、社会を豊かにしたい、という心が、会社全体に伝わっていたからであろうと感じる。

 

■小倉氏から学ぶこと

A)サービスが先、利益は後

 『サービスが先、利益が後』この言葉を読んだとき、ヤマトはなんて自信のある会社なのだと思った。普通ならば利益を優先にし、その範囲でサービスをするのだと思う。しかし、サービスがよければおのずと利益は出てくるという経営姿勢。小倉氏、ヤマト運輸をこのような態度にさせたものは何だったのだろうか。

 ひとつはお客第一という信念であろう。お客第一というのはサービス業の核心ではないだろうか。お客が配達を頼む→お客第一として対応をする→荷物を1日で届ける→配達先にもお客第一として対応する→配達先のお客が好感を持つ。この循環が配達を頼んだ客と配達先のお客が周りに広め、どんどん宅急便を利用する人が増えてくる。ヤマト運輸とお客にとって良いサイクルが成り立つ。BtoCサービスだからこそ、お客第一を掲げ、それをきちんと実践をし、成果に繋げている。お題目になっていない。

 また、サービスとしても個人宅配市場にターゲットを絞る。小倉氏の提案には、役員全員が反対しているが、ヤマト運輸にはもう後がないという状況の中、合意を取り付けた。最終的には、労働組合代表も加わったチームを作り、利用者=家庭の主婦の立場で考え、商品化に取り組んだ。コストをかけてでも、質の高いサービルを提供すれば、利用者は必ず増える。小倉氏は顧客の立場になって考えた末、「サービスが先、利益は後」という結論を出した。そのおかげで宅急便の利用者は増え、それに伴い利益も増加。立場を変え、相手の視点に立って考えてみること、これもヤマト運輸、成功のカギと言える。

 「サービスが先、利益は後」を合言葉に、宅急便事業が発進したのが1976年。この経営哲学は今でも常に頭に置き続けたい言葉である。

 

B)全員経営の大切さ

 小倉氏は全員が経営者であるという考えの元に全員経営を実行していたが、全員経営のキーポイントを下のようにコミュニケーションと提示している。

 ・キーワードはコミュニケーションである。まず企業の目的とするところを明確にする。

 ・達成すべき成果を目標として明示する。時間的な制約を説明する。

 ・競合他所の状況を説明する。そして戦略として会社の方針を示す

上記を一例に、多くの経営手法を駆使しながら、従業員といい関係を築いている。そんな小倉氏も、最初から答えを持っているわけではなく、論理的に考え仮説を作っては検証をしては、また仮説を作るということを何度も繰り返す、深いところまでとにかく考える。それはサービスに対しても従業員に対しても同じである。愚直にサービスや自身の発言を改善し続ける。精神的に強さに、ただただ学びしかない。

 また、小倉氏はとても謙虚で、自分の利益よりも先に従業員など他の人のことを考える人だと感じ取れる。小倉氏にとって、そのように考えることが当たり前なのだろうと僕は感じる。「思いやりを持った経営」というキーワードとともに、全員経営ができる土台が見て取れる。誰もができる業ではないが、自分にとっても参考にしたい。

 

C)常識にとらわれず斬新な発想のもつこと

 小倉氏によるヤマトの経営は「従来の会社」という概念を崩したと言われている。宅急便という誰もやろうとしなかった異色の新規事業や、社長が頂点のピラミッド型の組織からフラットな組織へ変わっていく様子、経営状態をチェックする労働組合との良好な関係、行政との苦闘などなど。それら全てが当時の常識では生まれることがない、ヤマト運輸ならではの発想の結実である。

 本課題図書からの一番の学びは、企業経営は時代によって変化させなければならないこと、である。それは表面上のものではなく、コアな部分での変化であり、質の変化もなって初めて企業として機能する。時代時代に合わせて、経営哲学に沿って、事業の形や経営スタイルを変えることを恐れないことこそが、経営者として必要な姿勢なのかもしれない。