Someone Like You

リーダーシップの旅に出ている彼。 『社会の役に立ちたい』 もがく、とある日本の若者。不定期に書評とか戯言とか。

これからを考える②

社会人になって、早4年半。

20代ももうじき後半戦に突入。

 

将来にわたって、何をしたいのか、少しずつ見えてきた。

 

リクルートに入社したのが2009年

営業の最前線で、企画サービスをクライアントに提供し、

自分で過去の先輩達がなし得なかった営業戦略を考え、実行し、

会社から提供されてたキャリアから、自ら興味あるキャリアを再選択し、

大企業から生まれた新しい会社の創業初年度を経験し、

採用から育成、ルール設計まで会社の「ヒト」に関わることを一通り体感し、

BCGの外資系コンサルの凄みを日々体感しながら、自分の至らなさを日々を痛感し、

「コト」の生み出す難しさとおもしろさを実感。

 

たった4年半ではあるが、諸々の経験の中で見えてきたことは、

「最高の組織を作りたい」ということ。

(組織という言葉は、チーム、と言い換えてもいい)

 

新しいサービスを創ることは、ひとつの手段

社会に貢献しているというのは、ひとつの結果

 

一番の注力することは、一緒に過ごす、働く仲間が

「ここにいると楽しい」「ここで働いていることを家族に自慢したい」「もっともっと仲間と語りたい」

と思えるフィールドを創りたい。

 

何をやるかではなく、誰とやるか。

 

素敵な「あの人」たちと、ワクワクする毎日を過ごせる場を創っていきたい。

 

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ちなみに、

カヤックやビズリーチの代表も同じことを言っています。

 

■面白法人カヤック 組織戦略の考え方

 http://www.kayac.com/vision/strategy

■ビズリーチ 南代表 インタビュー記事

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130704-00000003-zdn_ep-sci

■セプテー二 社長インタビュー

 http://www.septeni.co.jp/recruit/interview.html

■何をやるかより誰とやるか、の言葉の本質

 http://shinkinjo.com/?p=182

 

面白い事業、みんなに認められる事業は、独りではできない。

「みんなでやろう」というプロセスの楽しさを共有できる仲間作りをし、その仲間と何をやるかを考えた方がいい by 古川健介

 

●最高の組織ができたとき、自分は何をしているのか●

 

仲間みんなが楽しめるような、場・プラットフォームを作り、改善し続ける存在。

最高のパフォーマンスを上げ続けるチームメイトの潤滑油を生成する立場。

 

自分だけでは何もできないが、自分がいるからこそ、仲間達がもっと気持ちよく過ごせる存在。

 

●最高の組織ができたとき、中で一緒に時間を過ごす仲間達はどうなっているか●

 

他の人がやりたいことを支援する集団になっている。

もちろん、自分がやりたいことをやっていることは前提だ。

 

ロジックからくる「すべき」より「やりたい」という情熱を持つ。

 

「そのときに一番やりたいことをやる」チーム。

知的好奇心をくすぐられ続ける場所。

 

儲かることでもいい、社会的意義の高いことでもいい、エゴの先にあるものでもいい。

 

唯一の条件は、

「今の自分ひとりではできないものを、やる。やり抜く。」

「成果物は、他のみんなも求めているもの、欲しいと願っているもの」

 

●最高の組織にいてほしいヒト●

「自分自身の能力を見限る最も一般的な方法は、自分には力がないと見切りを付けることである」(アリスウォーカー)

というが、やはり身につけた力、見えている視界は、最大限活かしてこそ意味がある。

 

自分が見えていない「ワクワクする将来」は、

チャレンジした先、今の自分ではできないことに挑戦することでしか味わえないはず。

 

そして時代は変化する。

だから僕らも変化する。

やり抜いた後もなお、しがみつく人はいらない。

ただ柔軟であれば、それでいい。

だって、もっと自分が価値を発揮できる場所はたくさんあるのだから。

 

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なんでこう思うようになったのか、自分なりに背景を考えてみた。

 

これまで、自分が焦点を当てた目標に忠実に向かって生きてきた。

それが「唯一の正解である」と自信と誇りを持って、時間をすべて注いできた。

 

2009年。

社会に出てから、その姿勢が一気に変わった。

 

社会には、いろんな人がいる。

いろんな想いがある。

 

その中で、ひとつに絞れない自分がいた。

ある意味、「ほどよい自信」が自分に身に付いたのかもしれない。

何かに本気になったときに、何かを見えなくなる「もったいなさ」を感じるようになった。

 

また、1年間ではあるが、人事の仕事を通じて、

「人の可能性に懸けてみる」「他人の成長のために自分の頭を巡らせる」「チームの笑顔を垣間見る」

ことの醍醐味を知った。

 

リクルートに入社してからは、比較的自由にやらしてもらっている。

常に新しい、チャレンジングで不相応な仕事を用意してくれて、常に成長を味あわせてくれていた(今ももちろん)

 

 

一方で、優秀な人たちが大勢いる中でも、自分のやりたいことを希望いっぱいで携わっている人はごく少数なように思える。

事業成長を死守できない人たちや、事業(自分の生活?)を守るために闇雲に動く人たちを見て、

「この人たちは何のために働いているのだろう」と本気で疑うようになった。

 

本当に楽しいのかな?と思うようになってきた。

 

自分の生活、家族の生活のためで結構。

 

ただ、もう少し「社会のため」「一緒に働く仲間のため」もっと何かできないのか、

と思うことが増えてきたことは事実としてある。

それを仲間達に暗に求めるようにもなったとき、仲間と自分の距離を感じた。

 

この環境を変えるか、この環境に染まるか、この環境を飛び出て新しい環境を作るか。

選択肢はいくつかあるが、やるなら、自分で一からやってみたい。

 

仕事は手段。

 

仕事を通じて、たくさんの人と交わり、

自分を成長させ、仲間と有意義な時間を過ごし、社会において小さな価値を見いだす。

 

そんなチームを作りたい。

 

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あと数年の修行を経て、今の言葉をもっと重く、シャープにしていきたい。

 

 

大きな一歩。